東日本大震災

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大船渡(岩手)まで行きたいのだが、FMラジオで車のナンバーが宮城ナンバーでも顰蹙を買うそうだ。道路脇に車を止めて写真をとったりして、通行のじゃまをしているとのこと。ガソリンが購入しずらいいま、どうして観光や冷やかしで見に行く人がいるのだろうか?親類・親戚・友人がいない限り危険をおかしてまで被災地に行くやつはいないと思う。一人でも多くの人に被災地の現状を知ってもらいたいとの思いから写真をとっているのだと想う。決して、冷やかしやなどで写真をとっているやつはいないと思う。メディアこそ、今大事なことを伝えるのが使命ではないだろうか。

 

 

震災23日目

震災23日目

ようやく、石油が買えました。
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ガスがまだきてません。沿岸部の被災地を優先に復旧してほしい。街中はいたって普通の生活になってきている。買い物も、制限なしに買うことができる。(品数は少ないが、最低限の品物は買える)

仙台市ガス局のホームページに再開予定があります。

各地域の供給再開について

↑ここに再開時期のめどが書かれている。遅れても誰も文句を言わないと思う。再開めどが必要だ。

 

 

東日本大震災 仙台市青葉区2日目

東日本大震災 仙台市青葉区

2011/03/12

震災の翌日だというのに新聞が配達される。

7:00 下のコンビニで、ジュース・カップラーメンを購入する

福岡の実家に連絡すると連絡がとれ、家族の無事を伝える。妻の実家の岩手県大船渡市との連絡がとれないので福岡から岩手の安否確認を常に行うようにお願いする。

身近なものをまとめて歯科医院へ搬入するため家との往復する。

福島第一原発で、放射能漏れの恐れがあるとのこと

13:00頃街へ出るとコンビニに長蛇の列が・・・

ガソリンスタンドには、周りを取り囲むように車が渦を巻いて待っている。(3時間待ちとのこと)

16:30仙台市の中心部である一番町アーケードのほうから電源が回復する。

22:30頃電気・水道が復旧する。

東日本大震災 仙台市青葉区

東日本大震災

2011/03/11 14:45頃 地震発生。いつもより強い縦揺れのあと数分に渡る横揺れで始まった。診療中だったため診療台をもとに戻し、部屋の扉・玄関の扉をあける。携帯で安否確認をしながらとなりの錦町公園へ行くと、周りの建物がすべて揺れている。公園の木や電線が波打つように揺れている。いつもとは桁外れの揺れだ。外にいるよりも診療室内にいたほうが安全と判断し、診療室内にもどる。安否確認をするために電話をするが、どこにもつながらない。(メールのほうがよかったかもしれない。)
まずは、水の確保だ。(阪神大震災の時の教訓を思い出し)水は出る。震災直後は、普通に水が出ていたため油断して水を貯めていなかった。食料は2・3日分の食料はいつも確保してある。携帯の充電器を探す。 その後、錦町公園は避難民で一杯となる。帽子ヘルメットが必要だ。(ビルの瓦礫や看板などが落ちてくる。)16:00ごろ従業員を帰宅させこまめに連絡をとるように指示する。妻よりメールがあり近くの公園にいるとのこと。17:00頃歯科医院に到着し、17:30頃自宅へ向かった。東二番丁通りは、帰宅の人でいっぱいだ。渋滞も発生している。18:00頃に自宅に到着する。玄関が開かない。玄関脇の窓がなぜか開いている。鉄格子を壊し窓から部屋に入る。部屋の中のドアも開かない。ドアを蹴破り部屋に入る。部屋の内側から開けてみるがびくともしない。よくみると玄関の鉄製のドアが曲がっている。開くわけがない。諦めて窓からではいりすることとした。部屋の中は、当然無茶苦茶だ。コップが割れ本が散乱し、足の踏み場もない。落ち着くとこれではこの部屋に住めないことがわかる。とりあえず大切なモノを取り出し診療所へ帰るしかないと判断する。

①寝袋

②食料

③衣類

④貴重品

⑤携帯の充電器(乾電池)

⑥ラジオ

☆後ほどわかることだが、この時に給油をしておかないと給油が出来なくなる。ガソリンスタンドに果てしない行列ができることとなる。

診療室へ戻り22:00頃寝る。

24:00ごろ埼玉の友人から携帯に連絡が入る。

25:00ごろメールがはいりだす。